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[AD] 01. 普通だったある日、私に夢が生まれた。

この投稿の韓国語バージョンはこちらです。

私の夢はゲーム開発者になることだ。その夢の始まりをさかのぼると、おそらく中学2年生の頃だったと思う。皆がコロナの影響で家に閉じ込められていたあの時期、私も例外ではなかった。

中学1年生、皆が自分だけの夢を見つけて歩き始めた頃、私は自分自身の存在について深く悩んでいた。私は両親や周囲が言う通りに動くだけのアバターなのか、それとも私も自分だけの夢を持つ存在なのか。その悩みに沈み、中学1年を丸ごと無駄に過ごし、そして中学2年生になった。しかし、中学2年生の春、Covid-19が広がり、また1年を無駄にしてしまいそうだった。誰かが言っていた、人間は同じ過ちを繰り返す、と。あの時、私はわかっていた。このままでは駄目だと。何でもいいから行動しなければならないと。しかし、考えるだけでは世界は変わらない。そうして中学2年の半分をまた無駄に過ごした。

半年が過ぎて、ようやく私は行動を始めた。もちろん、私はまだ迷子の放浪者だった。何をすればいいのか、何がしたいのか、何もわからなかった。だからとにかく何でも始めてみた。具体的な計画も、誰かの指示もなく、ただ自分の心が向かうままに、本当にやりたいことは何かを考えながら動いた。

最初に始めたのは「ゲーム企画」だった。当時ハマっていたOverwatchからインスピレーションを得て始めた『Project S』、そして『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』に感銘を受けて作り始めた『Project R』まで。何も知らないまま、ただ心の赴くままに、やってみたのだ。自分の夢を見つけるために。

Project S Image 1 Project S Image 2 [Project Sの初期企画ファイル]

やがてゲーム企画への興味を失い、新しいものと出会った。それが日本のアニメだった。元々ジブリやドラえもんくらいしか知らなかった私が、YouTubeのアルゴリズムで偶然日本アニメに触れたのだ。初めてのアニメは、狭かった私の世界を大きく広げてくれた。この頃に出会ったさまざまなアニメや日本の音楽は、世界は自分が知っていることだけがすべてではないと教えてくれ、初めて「自分がやりたいこと」を与えてくれた。それは他人が求めることではなく、私自身が心から望むこと。すなわちシナリオ執筆だった。

もちろん、現実的に中学生が書いたシナリオをアニメ化してくれる会社などあるはずもない。だから私はシナリオというより小説に近い形で書き始めた。これが『Project A』の始まりだった。当時「Project A」と名付けたのは、AnimeのAだったと記憶している。

Project A Image 1 Project A Image 2 [Project A, 現在確認できる、当時の企画ファイルの中で最も古い企画ファイル]

『Project A』で私がやりたかったことは、特別なことではなかった。ただ自分自身の満足、そして少しだけ欲を言えば、かつての私のように道に迷う人に、ほんの少しでも慰めを与えられるような空気系を作りたいと思っていた。

初めて『Project A』の執筆を始めたとき、私は自分にとても満足していた。もちろん今読み返せば、本当に稚拙で、まさに“中学生が書いた”というレベルの文章だ。しかしその時の私に初めて「達成感」を与えてくれた。その達成感は、暗い世界に閉じこもっていた私に外へ飛び出す勇気を与え、その勇気が『Project A』を諦めずに作り続ける力になった。

そして中学3年生になり、ある瞬間のひらめきが訪れた。「ただの小説に過ぎないProject Aに、ゲーム企画を組み合わせたらどうだろう?」。その瞬間の思いつきを私は逃さなかった。過去に企画していた『Project S』のキャラクタースタイルやスキルたち、『Project R』の基本プレイスタイルを組み合わせ、新たに『Project AD』を生み出した。「D」はDevelopmentのDだったと思う。

その後も私は「自分が望む」新しい挑戦を続けた。誰かに聞くことも、答えを求めることもできなかった。そもそも答えがあるのかすらわからなかった。ただ、自分が選んだ道を進むしかなかった。時には自分がストーリーの中にいると妄想し、時には完成したゲームの姿を思い描きながら、前に進んだ。

この旅は、高校に進学しても変わらなかった。

高校1年生、他の子たちのように学業に集中しなければならなかった。しかし、学業も私の本当の望みを止めることはできなかった。毎日朝4時に寝て6時に起きる、他の子より過酷な日々だったが、私には確かに夢があった。だから学校でも、塾でも、家でも、勉強を続けながら『Project AD』の企画を練り続けた。

Project AD Image 1 Project AD Image 2 Project AD Image 3 Project AD Image 4 Project AD Image 5 Project AD Image 6 Project AD Image 7 Project AD Image 8 [上記の添付写真は筆者が実際に中学校3年生~高校1年生の間に作成したProject ADの企画ノートの一部だ。]

そしてある平凡な日、また自分の存在について問いかける瞬間が訪れた。誰かを好きになり、愛するという感情。それが何なのか、考えるようになった。しかし私はその感情を一度も感じたことがなかったため、その問いに答えられなかった。世の中には確かにその感情がある。だが、私にはなかった。

この事実に気づいたのは高校2年生のときだった。私には愛が存在しないのだと。もちろん、そのおかげで自分の仕事に没頭できたのかもしれない。しかし心のどこかに空白があると気づいた以上、その寂しさは消えなかった。

皮肉なことに、その寂しさを感じて初めて、私はさらに成長できた。人格的な成長だけでなく、ゲーム開発者を志す者としても。

当時、私は欠けた心を埋めるために、新しいものを強く求めていた。そんな中、偶然『ささやくように恋を唄う』という作品に出会った。そして「百合」という新しいジャンルを知った。私の世界は再び広がったのだ。

Sasakoi [集めている『ささ恋』原書の画像]

長く考えた末、私は百合作品を見て感じる、可愛くて甘いその感覚を、自分なりの「愛」と定義した。そしてその欠落と寂しさを、少しずつ埋めていった。きっと他人のそれとは違うだろう。しかし間違いではないと信じながら。そしてその愛の中で、自分のストーリーにも愛を咲かせてみようと思うようになった。

それまでただの空気系に過ぎなかった私のストーリーは、「百合」と「新しい愛」を背負い、「非日常の中で生きる少女たちが大人になっていく」成長物語になった。私自身が成長するにつれ、私の書くストーリーも共に成長したのだ。

そしてストーリーを書きたいという思いが強くなると同時に、「自分だけのゲームを必ず作る」という意志も強くなった。だから私は、中学2年生で始めた小さな妄想から生まれた『Project A』を、中学3年で『Project AD』に育て、高校2年生でついに『Astral Days!』という新たな道に作り上げた。確かに誰もいなかった道だが、今は私がその道に立っているのだ。

Astral Days! Old Logo [Astral Days! 初期ロゴ画像]

もちろん、私の人生は思うようにはいかなかった。受験に失敗して浪人し、学業とゲーム企画を両立させる中で体力は限界を迎えた。それでも私は、この道を選んだ。そしてその代償を払うとしても、後悔も、諦めもない。

それが、中学2年生の時に、自分自身と交わした約束だからだ。 本当にやりたいことを見つけ、やり遂げる。そしてさらに、他人の傷ついた心を少しでも癒す。その約束を、私は忘れていない。

(続く)

この投稿は投稿者によって CC BY 4.0 の下でライセンスされています。