前回の記事では、私がどのようにしてゲーム開発という夢を持つようになったのか、そしてその夢がどのようにして『アスデイ:Astral Days!』という名前を得たのかについて語った。
しかし、プロジェクトに名前を付けたからといって、その中に込める物語まで完成するわけではなかった。どのようなゲームを作りたいのか、そしてそのゲームを通してどのような物語を伝えたいのか。この二つは似ているようで、少し違う問いだった。
今回は、その二つ目の問いについて語ってみたい。最初は小さな日常ものに近かった物語が、どのようにして今の『アスデイ』になったのか。その過程で何が変わり、これから何をさらに磨いていきたいのかについて。
小さな日常ものから、非日常の中の成長物語へ
『アスデイ』の前身である『Project A』を書き始めた頃、私が望んでいたものはそれほど大きなものではなかった。自分の好きな登場人物たちが一緒に過ごす物語を書き、その中で自分自身が楽しさを感じること。もう少し欲を言うなら、かつての私のように進むべき道を見つけられず迷っている誰かに、ほんの少しでも慰めを与えられるような作品にすることだった。
その物語に過去のゲーム企画を組み合わせて『Project AD』となり、その後「百合」というジャンルと、愛について自分なりに考えてきたことが加わり、『Astral Days!』となった。
だからといって、ある日突然、今の物語がすべて思い浮かんだわけではない。私が新しいものを経験し、それまで知らなかった感情に触れるたびに、物語も少しずつ変わっていった。登場人物の名前や設定が変わることもあれば、同じ場面を別の意味を持つものとして書き直すこともあった。
ただ一緒にいる姿を見ることが楽しい登場人物たちから、なぜ互いのそばに残ろうとするのかを考えたくなる登場人物たちへ。事件を乗り越えて強くなる少女たちから、その事件の後も生き続けなければならない少女たちへ。
今振り返ってみると、最も大きく変わったのは物語の規模よりも、登場人物たちの見つめ方だったのだと思う。
最初は、この子たちとどんな楽しい時間を過ごしたいのかを考えていた。しかし今では、この子たちはどのような時間を歩んできたからこそ今の姿になったのか、そしてこれからどのような時間を共に過ごせば、少しずつ変わっていけるのかを考えるようになった。
非日常の中の日常、その始まりへ立ち返ってみる。
現在の『アスデイ』は、ゾンビ災害によって崩壊した世界を舞台としている。家の外へ一歩を踏み出したハヨンは、見慣れない姿へと変わった世界で他の少女たちと出会い、共に生き残るための時間を過ごすことになる。
ここまでの説明だけを聞けば、多くの人には、災害の中で出会った人々が力を合わせ、危機を乗り越えていく物語のように聞こえるだろう。実際、『アスデイ』にもそのような物語は存在する。危険な場所を進まなければならず、敵と戦わなければならず、この世界で何が起こったのかも知っていかなければならない。
しかし、その中で私がより長く見つめたいのは、災害が起こる前からすでに傷を抱えていた人々である。
ハヨンにとって世界が怖い場所になったのは、ゾンビが現れてからだけではない。ハルが自分自身を隠すようになった理由も、アラが完璧な計画に執着する理由も、ただ世界が崩壊したからというわけではない。外の「日常」が崩れる以前から、この子たちにはすでに日常とは呼べない、文字通り「非日常」の中で過ごしてきた苦しい時間があった。
だからこそ、『アスデイ』における「生き残る」ということは、敵を倒し、安全な場所へたどり着くことだけを意味しない。誰かと一緒にいても大丈夫だと感じること。隠してきた自分自身を少しずつ見せられるようになること。そして、もう一度「明日」を考えてみること。それらもまた、この子たちにとって大切な変化である。
崩れた世界で生き残る物語でありながら、その世界の中で、自分が生きていく理由を探していく物語。
私は『アスデイ』を、そんな成長物語にしたい。
生きている感覚、心の奥へ入り込む感情
今も残っている初期の企画表を見ると、登場人物を説明する方法からして、現在とは少し違っている。無口な人物、明るい人物、他人の面倒を見る人物。誰が最初に行動を起こし、誰がそれに反応し、誰が間に入るのかということまで整理されている。
こうした区分は、登場人物を作り始める段階では役に立った。性格の違う人物たちが同じ場所に集まれば会話が生まれ、その会話から関係の始まりも生まれた。
しかし、物語をより深く書いていくためには、その性格を説明する言葉の奥に、もう何かが必要だった。
ハヨンはなぜ他人と関わることを嫌うのだろうか。ハルはなぜ周囲の空気をそこまで気にするのだろうか。アラはなぜ計画が狂うことを、ただの失敗として受け入れられないのだろうか。ダソルはなぜ他人との接触を極端に避けるのだろうか。
こうした問いを考え始めるにつれて、企画表には過去の経験や行動の理由、そして変化していく途中の過程が増えていった。「最初はこうだったが、最後にはこうなる」という二つの地点の間に、どのような出会いや出来事が必要なのかも一緒に書くようになった。
例えば、ハヨンの変化を見せる方法は、ある瞬間にハヨン自身が「もう人を信じている」と口にすることだけではない。以前ならきちんと呼ばなかった相手の名前を呼ぶこと。わざわざ言わなくてもいい言葉を、自分から先にかけること。ひとりで決めていたことについて、他人の意見を聞くようになること。そうした変化もあり得る。
『アスデイ』のキャラクター企画には、このような呼び方や話し方の変化も含まれている。大きな事件が起きた瞬間の反応だけではなく、その事件を経験した後、普段の会話がどのように変わるのかも重要だと考えているからである。
私は、プレイヤーが「このキャラクターは成長した」という説明を読むより先に、その違いを感じてほしい。初めて出会った頃なら決して口にしなかった言葉を、今は言っていること。同じ相手を呼ぶ名前に、以前とは違う気持ちが込められていること。
そうした小さな違いが積み重なり、長い時間を共に歩いてきたという感覚になってほしい。
同じ傷でも、同じ答えでもない五人の少女
『アスデイ』の中心には、ハヨン、ハル、アラ、ダソル、ユナという五人の少女がいる。全員がそれぞれ傷を抱えているが、それに耐える方法まで同じというわけではない。
ハヨンは、人と距離を置くタイプだ。他人に頼らず、過ぎ去った出来事を思い出さなければ、もう傷つくこともないかのように振る舞う。そんなハヨンの物語には、誰かに近づくことがなぜ怖いのか、それでももう一度手を伸ばすことができるのか、という問いがある。
ハルは、明るく笑いながら人々の輪の中へ入ってくる。しかし、目に見える明るさがその人のすべてなのかは、また別の話である。私はハルを通して、周囲から期待される姿と、自分が本当に感じている気持ちとの距離を描きたい。誰かを喜ばせることができない瞬間にも、その人のそばにいていいのかということも。
アラは、全員を守るための方法を探そうとする。計画を立て、ルールを作り、自分がもっと上手くやればすべてが良くなると信じている。しかし、大切な人たちと共に生きるということは、計画だけで成り立つものではない。アラには、完璧ではない自分自身と、自分の考え通りには動いてくれない人々を、どのように受け入れていくのかという問いがある。
ダソルは、誰かにとって大切な存在になりたいと願っている。守られることには慣れていながらも、自分もまた、大切な人のために何かをしてあげたいと思っている。誰かの後ろにいることと、その人の隣に立つこと。その間で、自分の気持ちや意志をどのように示していくのかが、ダソルの物語へと繋がっていく。
ユナは、喪失の後に続く時間を、「復讐」という目的につなぎ止めている人物である。前へ進んでいるように見えても、その歩みが自分自身をどこへ連れていこうとしているのかは別の問題だ。ユナを通しては、失った人を忘れたくないという気持ちと、残された自分自身の人生を、どのように同時に見つめていけるのかを問いかけたい。
この五人を、ただ互いに足りない部分を補い合うだけの組み合わせにはしたくない。時には相手の気持ちに気づけず、助けようとした行動がかえって傷になることもある。自分が苦しいという理由で、他人に対して間違った行動を取ってしまうこともあるだろう。
だからといって、その行動を理解できるからという理由だけで、なかったことにもしたくない。なぜそのような行動をしたのかと、その行動によって誰が傷ついたのか。その両方を見つめたい。その後に何を選ぶのかまで含めて、この子たちの物語だからである。
咲かせる、それぞれ異なる愛のかたちを。
『アスデイ』が百合作品であるということは、物語の外側に付け加えただけのジャンル表記ではない。互いを好きになり、その気持ちをどのように受け止めればよいのか悩む過程は、登場人物たちが自分自身を理解していく過程とも繋がっている。
この部分には、前回の記事で語った「愛をどのように感じ、受け止めるのか」という、私自身の悩みも込められている。
ある人にとっては、はっきりと名前を付けられる感情であっても、別の誰かにとっては簡単に説明できない気持ちかもしれない。同じ時間を一緒に過ごしたからといって、二人が同じ速さで距離を縮められるわけでもなく、同じ方法で気持ちを表現できるわけでもない。
私はその違いを、どちらか一方が間違っているという結論で片付けたくなかった。互いを大切に思う気持ちがあるのなら、相手の気持ちが自分のものとは違うかもしれないという事実と向き合う過程も、物語として描きたいと思った。
もちろん、だからといって『アスデイ』で描きたい愛が、いつも難しく重いものばかりというわけではない。
何でもない一言をきっかけにふざけ合い、相手が見せた小さな反応をなぜかもう一度思い出し、一緒にいる時間をもう少しだけ続けたくなる。普段なら何気なく呼んでいる名前なのに、ある瞬間だけは簡単に呼べなくなる。そんな不器用な姿も描きたい。
こうした時間は、大きな事件が起こる前に少し休憩するためだけの場面ではない。この子たちがなぜ互いを大切に思うようになったのかを見せるための時間でもある。一緒に笑って過ごした日々があるからこそ、その関係を守りたいという気持ちもプレイヤーへ伝わるのだと思う。
ただし、愛がすべての傷を一度に消してくれる答えにはしたくない。誰かがそばにいてくれるようになったからといって、過去に起きたことが消えるわけではないし、自分自身を受け入れることが突然簡単になるわけでもないだろう。
それでも、以前ならひとりで耐えていたような瞬間にも、今では隣にいる誰かを振り返ることができること。相手のために自分自身をすべて消してしまうのではなく、自分の気持ちも少しずつ話せるようになること。
私は、そんな関係の変化を『アスデイ』らしい愛として描きたい。
過ぎ去った時間にも、ときには価値があるということ。
この物語をゲームとして作りながら、ずっと考えていることがある。プレイヤー自身にも、登場人物の心を知っていく過程へ直接参加してほしいということだ。
その中心にあるのが、「夜のノート」と「感情共鳴」である。
「夜のノート」は、過ぎ去った時間を記録として残すための仕組みである。昼の間に経験した出来事が、夜にはどのような言葉として整理されるのか。他人の前では言えなかったことが、記録の中ではどのように残されるのか。そうした部分を通して、登場人物の心を見せたいと考えている。
そして「感情共鳴」は、それまで見てきた言葉や行動、記録や痕跡を、もう一度つなぎ直してみる過程である。物語を進めたり、周囲を調べたりすることで得た記憶をもとに、あの時の言葉はどのような意味だったのか、その人は何を隠していたのかを考えられるように企画している。
ここで重要なのは、ただ多くの情報を集めたというだけで、相手を理解できるわけではないという点である。何を根拠とし、それらをどのようにつなぎ、どの解釈を信じるのか。それはプレイヤー自身の判断として残しておきたい。
例えば、ハルが残す「焦げ」は、感情が表れた痕跡になることがある。口にした言葉だけを追っていれば見落としてしまった気持ちを、その時に残された痕跡と一緒に振り返ることで、別の意味として読み取れるようになる。
最初は特に意味もなく通り過ぎた場面が、後になって誰かの心を理解するための手がかりになってほしい。新しい事実をただ与えられるだけではなく、すでに一緒に経験した時間をもう一度見つめ直すことで、その人物を少しずつ知っていけるようにしたい。
関係についても、主人公一人に向けられた好感の大きさだけで扱うつもりはない。それぞれの登場人物は、それぞれ別の人物に対して異なる気持ちを持っている。ハヨンがハルに抱く気持ちと、ハルがハヨンに抱く気持ちも、常に同じように変化するわけではない。
この違いを、単純な数値の増減ではなく、会話や記録、行動の変化として感じてもらうことが目標である。「どの選択肢ならより多くの点数を得られるか」よりも、「今、この人はどんな気持ちなのだろう」と先に考えてもらう方向に近い。
感情や関係をゲームプレイや演出へ繋げようとしている企画も、同じ考えから生まれている。ただし、具体的な戦闘システムについては別の記事で扱い、今回はその出発点だけを書き残しておこうと思う。私が作りたいのは、物語を読む時間と、ゲームを操作する時間が互いに無関係なまま流れていく作品ではない。
百の言葉より、一瞬の姿で
現在の企画が最初の頃より具体的になったからといって、これから先の作業が簡単になったわけではない。むしろ、登場人物たちがなぜその選択をしなければならないのかを整理すればするほど、実際の場面の中で見せなければならないものも増えていく。
企画表に「少しずつ心を開いていく」と書くことと、プレイヤーがその変化を自然に感じられるように描くことは違う。「相手を大切に思うようになる」という結果が決まっていたとしても、その間に一緒に過ごした時間が十分でなければ、その気持ちは簡単には伝わらないだろう。
現在進めているシナリオ制作では、こうした文章を実際の台詞や行動、場面の流れへと移していくことに力を入れている。
序盤のハヨンがカーテンへ手を伸ばしかけ、途中で止める行動のように、登場人物が自分の気持ちを直接説明しなくても、その状態を感じ取れる場面を作りたい。誰かに近づくことや、言葉を口にすることが、その人物にとってどれほど難しいことなのか。それを長い説明より先に見せたい。
同時に、すべての場面を重くしすぎないことも大切である。この子たちが傷を抱えているという事実と同じくらい、好きなものがあり、ふざけ合い、時には少し変な反応も見せる人間なのだということも忘れたくない。
そして、それらの場面は最終的にゲームの中でもう一度確かめる必要がある。文章として読んだ時にはちょうどよかった会話でも、実際にキャラクターを操作して歩きながら聞くと、長すぎると感じるかもしれない。文章だけで十分だった感情が、表情や視線、音の力を必要とすることもあるだろう。
だからこそ、シナリオを整理することと、そのシナリオをゲームとして完成させることを、同じものだとは考えないようにしている。紙の上で決めた流れを実際のプレイへ移し、そこで見えてきた違和感を再び直していく。その過程は、これからも必要になるはずである。
最初は、自分が好きな物語を書きたかった。今も、その気持ちは変わっていない。ただ今では、その物語を最後まで一緒に歩いてくれた誰かの心に、何が残るのかということも考えている。
『アスデイ』のすべての場面が楽しいものになるわけではないだろう。登場人物たちが互いを理解できない瞬間もあり、苦労して前へ進んだ後に、再び立ち止まってしまう瞬間もあるはずだ。
それでも、最後まで一緒にいてくれた人にとって、この子たちと過ごした時間が痛い記憶だけとして残らないでほしい。互いの名前を呼び、一緒に笑い、もう一度手を伸ばした日々も、一緒に思い出してほしい。
傷ついたという事実だけが、その人のすべてではないということ。今すぐ明日の自分がどのような姿になるのかわからなくても、その明日へ向かって歩いてみる物語は続けられるということ。
『Project A』から始まり、『Astral Days!』へと続いてきた今の私は、そんな物語を完成させたい。
この夜が明けても、輝くハルへ向かえるように。
(続く)
지난 글에서는 내가 어떻게 게임 개발이라는 꿈을 가지게 되었는지, 또 그 꿈이 어떻게 『아스데이: Astral Days!』라는 이름을 얻었는지 이야기했다.
하지만 프로젝트에 이름을 붙였다고 해서, 그 안에 담길 이야기까지 완성되는 것은 아니었다. 어떤 게임을 만들고 싶은지와, 그 게임을 통해 어떤 이야기를 전하고 싶은지는 닮아 있으면서도 다른 질문이었다.
이번에는 그 두 번째 질문에 대해 이야기해 보려고 한다. 처음에는 작은 일상물에 가까웠던 이야기가 어떻게 지금의 아스데이가 되었는지, 그 과정에서 무엇이 달라졌고, 앞으로는 무엇을 더 다듬어 나가고 싶은지에 대해서.
작은 일상물에서, 비일상 속의 성장 이야기로
아스데이의 전신인 『Project A』를 처음 쓰기 시작했을 때, 내가 원했던 것은 그리 거창하지 않았다. 내가 좋아하는 인물들이 어울려 지내는 이야기를 쓰고, 그 안에서 나 스스로 즐거움을 느끼는 것. 조금 더 욕심을 낸다면, 나처럼 갈 길을 찾지 못해 헤매는 누군가에게 잠시나마 위로가 되어주는 것이었다.
그 이야기에 과거의 게임 기획들을 합치면서 『Project AD』가 되었고, 이후 백합이라는 장르와 사랑에 대한 나 나름의 고민이 더해지면서 『Astral Days!』가 되었다.
그렇다고 어느 날 갑자기 지금의 이야기가 떠오른 것은 아니었다. 내가 새로운 것을 경험하고, 이전에는 생각하지 못했던 감정을 알게 될 때마다 이야기도 조금씩 달라졌다. 인물의 이름이나 설정이 바뀌기도 했고, 같은 장면을 다른 의미로 다시 쓰게 되기도 했다.
단순히 함께 있는 모습이 즐거운 인물들에서, 왜 서로의 곁에 남아 있으려 하는지 궁금한 인물들로. 사건을 겪고 강해지는 소녀들에서, 그 사건 이후에도 계속 살아가야 하는 소녀들로.
지금 돌아보면, 가장 크게 바뀐 것은 이야기의 규모보다도 내가 인물들을 바라보는 방식이었다.
처음에는 이 아이들과 어떤 즐거운 시간을 보내고 싶은지 생각했다면, 이제는 이 아이들이 어떤 시간을 지나왔기에 지금과 같은 모습이 되었는지, 그리고 앞으로 어떤 시간을 함께 보내야 조금씩 달라질 수 있을지 생각하게 되었다.
비일상 속 일상, 그 시작으로 돌아가보다.
현재의 아스데이는 좀비 사태로 무너진 세계를 배경으로 한다. 집 밖으로 걸음을 옮긴 하연은 낯설어진 세상에서 다른 소녀들을 만나고, 함께 살아남기 위한 시간을 보내게 된다.
일반적인 사람들에게 이렇게만 설명하면, 재난 속에서 만난 사람들이 힘을 합쳐 위기를 헤쳐 나가는 이야기처럼 들릴 것이다. 실제로 아스데이에도 그런 이야기는 있다. 위험한 곳을 지나야 하고, 적과 싸워야 하며, 이 세계에 무슨 일이 일어났는지도 알아가야 한다.
하지만 내가 그 안에서 더 오래 바라보고 싶은 것은, 재난이 일어나기 전부터 이미 상처를 가지고 있던 사람들이다.
하연에게 세상이 무서워진 것은 좀비가 나타난 이후만의 일이 아니다. 하루가 자신의 모습을 감추게 된 이유도, 아라가 완벽한 계획에 매달리는 이유도, 단순히 세상이 무너졌기 때문만은 아니다. 바깥의 일상이 무너지기 전부터, 이 아이들에게는 이미 일상이라 부를 수 없는, 말 그대로의 비일상 속의 어려운 시간이 있었다.
그렇기에 아스데이에서 살아남는다는 것은 적을 물리치고 안전한 장소에 도착하는 것만을 의미하지 않는다. 누군가와 함께 있어도 괜찮다고 느끼는 것, 숨겨왔던 자신의 모습을 조금씩 드러내는 것, 다시 내일을 생각해 보는 것 역시 이 아이들에게는 중요한 변화다.
무너진 세상에서 살아남는 이야기이면서, 그 세상 속에서 자신이 살아갈 이유를 찾아가는 이야기.
나는 아스데이를 그런 성장물로 만들고 싶다.
살아있는 감각, 파고드는 감정
남아 있는 초기 기획표를 보면, 인물을 설명하는 방식부터 지금과는 조금 다르다. 과묵한 인물, 활발한 인물, 다른 사람을 챙기는 인물. 누가 먼저 일을 벌이고, 누가 거기에 반응하고, 누가 중재하는지도 정리되어 있다.
이런 구분은 인물들을 처음 만들어 갈 때 도움이 되었다. 성격이 다른 인물들이 한곳에 모이면 대화가 생기고, 그 대화에서 관계의 출발점도 생겼다.
다만 이야기를 더 깊게 쓰기 위해서는, 그 성격을 설명하는 말 뒤에 무언가가 더 필요했다.
하연은 왜 다른 사람과 엮이는 일을 싫어할까. 하루는 왜 주변의 분위기에 그렇게 신경을 쓸까. 아라는 왜 계획이 어긋나는 일을 단순한 실수로 받아들이지 못할까. 다솔은 왜 타인과의 접촉을 광적으로 기피할까.
이 질문들을 붙이기 시작하면서 기획표에는 과거의 경험과 행동의 이유, 변화의 중간 과정이 늘어났다. ‘처음에는 이랬지만 나중에는 이렇게 된다’는 두 지점 사이에, 어떤 만남과 사건이 필요한지도 함께 적게 되었다.
예를 들어 하연의 변화를 보여주는 방법은, 어느 순간 하연이 자신은 이제 사람을 믿는다고 말하게 만드는 것만은 아니다. 이전에는 제대로 부르지 않던 상대의 이름을 부르고, 굳이 하지 않아도 될 말을 먼저 건네고, 혼자 결정하던 일에 다른 사람의 의견을 묻는 변화도 있을 수 있다.
아스데이의 인물 기획에는 이런 호칭과 말투의 변화도 포함되어 있다. 큰 사건이 일어났을 때의 반응뿐 아니라, 그 사건 이후 평소의 대화가 어떻게 달라지는지도 중요하게 보고 있기 때문이다.
나는 플레이어가 ‘이 캐릭터는 성장했다’는 설명을 읽기 전에, 먼저 그 차이를 느꼈으면 좋겠다. 처음 만났을 때라면 하지 않았을 말을 지금은 하고 있다는 것. 같은 사람을 부르는 이름에, 이전과는 다른 마음이 담겨 있다는 것.
그 작은 차이들이 쌓여서, 긴 시간을 함께 지나왔다는 감각이 되었으면 한다.
같은 상처도, 같은 답도 아닌 다섯 소녀
아스데이의 중심에는 하연, 하루, 아라, 다솔, 유나라는 다섯 소녀가 있다. 다들 상처를 가지고 있지만, 그것을 견디는 방식까지 같은 것은 아니다.
하연은 사람과 거리를 두는 쪽에 가깝다. 다른 사람에게 기대지 않고, 지나간 일을 떠올리지 않으면 더는 상처받지 않아도 될 것처럼 행동한다. 그런 하연의 이야기에는, 누군가에게 다가가는 일이 왜 두려운지, 그럼에도 다시 손을 내밀 수 있는지에 대한 질문이 있다.
하루는 밝게 웃으며 사람들 사이로 들어온다. 하지만 눈앞에 보이는 밝음이 그 사람의 전부인지는 다른 문제다. 나는 하루를 통해, 주변에서 기대하는 모습과 자신이 실제로 느끼는 마음 사이의 거리를 그리고 싶다. 누군가를 기쁘게 해주지 못하는 순간에도, 그 곁에 있어도 되는지에 대해서도.
아라는 모두를 지킬 수 있는 방법을 찾으려 한다. 계획을 세우고, 규칙을 만들고, 자신이 더 잘하면 괜찮아질 것이라 믿는다. 하지만 소중한 사람들과 함께 살아가는 일은 계획만으로 이루어지지 않는다. 아라에게는 완벽하지 않은 자신과, 자신의 생각대로 움직이지 않는 사람들을 어떻게 받아들일 것인가라는 질문이 있다.
다솔은 누군가에게 소중한 존재가 되고 싶어 한다. 보호받는 것이 익숙하면서도, 자신 역시 소중한 사람에게 무언가를 해주고 싶어 한다. 누군가의 뒤에 머무는 것과 곁에 서는 것 사이에서, 자신의 마음과 의지를 어떻게 드러낼 것인지가 다솔의 이야기와 이어진다.
유나는 상실 이후의 시간을 복수라는 목적에 붙들어 놓은 인물이다. 앞으로 나아가고 있는 것처럼 보이지만, 그 발걸음이 자신을 어디로 데려가고 있는지는 별개의 문제다. 유나를 통해서는 잃어버린 사람을 기억하는 마음과, 남아 있는 자신의 삶을 어떻게 함께 바라볼 수 있을지 묻고 싶다.
이 다섯 명을 단순히 서로의 부족한 부분을 채워주는 조합으로 만들고 싶지는 않다. 때로는 상대의 마음을 알아채지 못하고, 도와주려던 행동이 오히려 상처가 될 수도 있다. 자신이 힘들다는 이유로 다른 사람에게 잘못을 저지를 수도 있다.
그렇다고 그 잘못을 이해한다는 이유만으로 없던 일로 만들고 싶지도 않다. 왜 그런 행동을 했는지와, 그 행동으로 누가 상처받았는지를 함께 바라보고 싶다. 그 뒤에 무엇을 선택하는지까지 포함해서, 이 아이들의 이야기이기 때문이다.
피워내다, 서로 다른 모습의 사랑을.
아스데이가 백합 작품이라는 점은, 이야기의 바깥에 덧붙인 장르 표기만은 아니다. 서로를 좋아하고, 그 마음을 어떻게 받아들여야 할지 고민하는 과정은 인물들이 자신을 이해해 가는 과정과도 이어져 있다.
이 부분에는 지난 글에서 이야기했던, 사랑을 어떻게 느끼고 받아들일 것인가에 대한 나 자신의 고민도 담겨 있다.
누군가에게는 이름을 분명하게 붙일 수 있는 감정이, 다른 누군가에게는 쉽게 설명할 수 없는 마음일 수도 있다. 같은 시간을 함께 보냈다고 해서 서로가 같은 속도로 가까워지는 것도 아니고, 같은 방식으로 마음을 표현할 수 있는 것도 아니다.
나는 그 차이를 한쪽이 틀렸다는 결론으로 정리하고 싶지 않았다. 서로를 소중하게 여기는 마음이 있다면, 상대의 마음이 자신의 것과 다를 수 있다는 사실까지 마주하는 과정도 이야기하고 싶었다.
물론 그렇다고 아스데이에서 그리고 싶은 사랑이 늘 어렵고 무거운 것만은 아니다.
별것 아닌 말에 장난을 치고, 상대가 보인 작은 반응을 괜히 다시 떠올리고, 함께 있는 시간을 조금 더 이어가고 싶어지는 순간들도 그리고 싶다. 평소에는 아무렇지 않게 부르던 이름을 어떤 순간에는 쉽게 부르지 못하는, 그런 서툰 모습까지도.
이런 시간은 큰 사건이 일어나기 전 잠깐 쉬어 가기 위한 장면만은 아니다. 이 아이들이 왜 서로를 소중하게 여기게 되었는지 보여주는 시간이기도 하다. 함께 웃고 보낸 날들이 있어야, 그 관계를 지키고 싶다는 마음도 플레이어에게 전해질 것이라 생각한다.
다만 사랑이 모든 상처를 단번에 없애주는 답이 되지는 않았으면 한다. 누군가의 곁에 있게 되었다고 해서 지나간 일이 사라지는 것은 아니고, 자신을 받아들이는 일이 갑자기 쉬워지는 것도 아닐 것이다.
그럼에도 전에는 혼자 견뎌야 했던 순간에, 이제는 곁을 돌아볼 수 있다는 것. 상대를 위해 자신의 모습을 전부 지우는 대신, 자신의 마음도 조금씩 이야기할 수 있게 된다는 것.
나는 그런 관계의 변화를 아스데이만의 사랑으로 그리고 싶다.
흘려보낸 시간도 때론 가치가 있다는 것을.
이런 이야기를 게임으로 만들면서 계속 생각하는 것은, 플레이어가 인물의 마음을 알아가는 과정에도 직접 참여할 수 있었으면 한다는 점이다.
그 중심에는 ‘밤의 노트’와 ‘감정 공명’이 있다.
‘밤의 노트’는 지나간 시간을 기록으로 남기는 장치다. 낮 동안 겪었던 사건이 밤에 어떤 말로 정리되는지, 다른 사람 앞에서 하지 못한 이야기가 기록에는 어떻게 남는지를 통해 인물의 마음을 보여주려 한다.
그리고 ‘감정 공명’은 그동안 보아온 말과 행동, 기록과 흔적을 다시 연결해 보는 과정이다. 이야기를 진행하거나 주변을 살피며 얻은 기억을 바탕으로, 그때의 말이 어떤 뜻이었는지, 그 사람이 무엇을 숨기고 있었는지 생각해 볼 수 있도록 기획하고 있다.
여기서 중요한 것은 정보를 많이 모았다는 사실만으로 상대를 이해하게 되는 것은 아니라는 점이다. 무엇을 근거로 삼고, 어떻게 연결하며, 어떤 해석을 믿을 것인지는 플레이어의 판단으로 남기고 싶다.
예를 들어 하루가 남기는 그을림은 감정을 드러내는 흔적이 될 수 있다. 입으로 한 말만 따라가면 지나칠 수 있었던 마음을, 그때 남은 흔적과 함께 돌아보면서 다르게 읽게 되는 것이다.
처음에는 별 의미 없이 지나갔던 장면이, 나중에는 누군가의 마음을 이해하는 단서가 되었으면 한다. 새로운 사실을 전달받는 것뿐 아니라, 이미 함께 겪었던 시간을 다시 바라보며 인물을 알아가게 하고 싶다.
관계 역시 주인공 한 명을 향한 호감의 크기만으로 다루려 하지는 않는다. 인물들은 저마다 다른 인물에게 서로 다른 마음을 가지고 있다. 하연이 하루를 바라보는 마음과 하루가 하연을 바라보는 마음도, 항상 똑같이 움직이지는 않는다.
이 차이를 단순한 수치의 증감보다 대사와 기록, 행동의 변화로 느끼게 하는 것이 목표다. ‘어떤 선택이 점수를 더 많이 주는가’보다, ‘지금 이 사람은 어떤 마음일까’를 먼저 생각하게 만드는 쪽에 가깝다.
감정과 관계를 플레이 및 연출에 연결하려는 기획도 같은 맥락에 있다. 다만 구체적인 전투 시스템에 대한 이야기는 별도로 다루고, 이번 글에서는 그 출발점만 남겨두려 한다. 내가 만들고 싶은 것은 이야기를 읽는 시간과 게임을 조작하는 시간이 서로 무관하게 흘러가는 작품은 아니라는 것이다.
백 마디 말보다, 한 순간의 모습으로
지금의 기획이 처음보다 구체적이 되었다고 해서, 앞으로의 일이 단순해진 것은 아니다. 오히려 인물들이 왜 그런 선택을 해야 하는지 정리할수록, 실제 장면 안에서 보여주어야 할 것들도 더 많이 보인다.
기획표에 ‘조금씩 마음을 연다’고 적는 일과, 플레이어가 그 변화를 자연스럽게 느끼도록 쓰는 일은 다르다. ‘상대를 소중하게 여기게 된다’는 결과가 있어도, 그 사이에 함께 보낸 시간이 충분하지 않다면 그 마음은 쉽게 전달되지 않을 것이다.
현재 진행하고 있는 시나리오 작업에서는 이런 문장들을 실제 대사와 행동, 장면의 흐름으로 옮기는 데 집중하고 있다.
초반의 하연이 커튼을 향해 손을 뻗었다가 멈추는 행동처럼, 인물이 직접 자신의 마음을 설명하지 않아도 그 상태를 느낄 수 있는 장면을 만들고 싶다. 누군가에게 다가가는 일이나 말을 꺼내는 일이 그 인물에게 얼마나 어려운지, 긴 설명보다 먼저 보였으면 한다.
동시에 모든 장면을 무겁게 채우지 않는 것도 중요하다. 이 아이들이 상처를 가지고 있다는 사실만큼이나, 좋아하는 것이 있고 장난을 치고 때로는 엉뚱한 반응을 보이는 사람들이라는 사실도 놓치고 싶지 않다.
그리고 그 장면들은 결국 게임 안에서 다시 확인해야 한다. 글로 읽을 때 적당했던 대화가 직접 걸어 다니는 상황에서는 너무 길게 느껴질 수도 있고, 문장만으로는 충분했던 감정이 표정이나 시선, 소리의 도움을 필요로 할 수도 있다.
그래서 시나리오를 정리하는 일과, 그 시나리오를 게임으로 완성하는 일을 같은 것으로 생각하지 않으려 한다. 종이 위에서 정한 흐름을 실제 플레이로 옮기고, 거기서 보이는 어긋남을 다시 고치는 과정이 앞으로도 필요할 것이다.
처음에는 내가 좋아하는 이야기를 쓰고 싶었다. 지금도 그 마음은 변하지 않았다. 다만 이제는 그 이야기를 함께 지나온 누군가에게 무엇이 남을지도 생각하고 있다.
아스데이의 모든 장면이 즐거울 수는 없을 것이다. 인물들이 서로를 이해하지 못하는 순간도 있고, 어렵게 나아간 뒤에 다시 멈춰 서는 순간도 있을 것이다.
그럼에도 마지막까지 함께한 사람에게, 이 아이들과 보낸 시간이 아픈 기억만으로 남지는 않았으면 한다. 서로를 불러주고, 함께 웃고, 다시 손을 내밀었던 날들도 함께 떠올랐으면 한다.
상처를 입었다는 사실이 그 사람의 전부는 아니라는 것. 지금 당장 내일의 모습을 알 수 없어도, 그 내일을 향해 걸어가 보는 이야기는 계속될 수 있다는 것.
『Project A』에서 시작해 『Astral Days!』까지 이어져 온 지금의 나는, 그런 이야기를 완성하고 싶다.
이 새벽이 끝나더라도, 빛나는 하루를 향할 수 있도록.
(이어서)